おーがちゃんねる

日々思うことを書いてみます。

【多数派の奴隷になるということ】

インスタ映えについてふかわりょうさんが新聞にコラムを載せていて、炎上していた。自分が良いと思ったものではなく、いいねを獲得するために日常を切り取る若者たちに疑問を呈したコラムだ。僕はそれを読んで、ふかわさんに強く共感した。
 
「いいねなんていらない。自分のいいねが一つあればいい」
 
たしかこんなことを言っていた。そうだ、自分がいいと思ったことをやらないで、何をやるのだ。自分の価値を決めるのは他者か?ちがう。自分自身だ。
 
 
・多数の人がいいねと思うためのことをする世の中
 
すっごい窮屈に感じている。他者に認められるということを行動原理として、行動している多数の人たち。若者だけではないと思う。大多数の社会人もそうだろう。サラリーマンは会社のために、フリーランスは顧客のために。息苦しい。とても息苦しい。自分が悪いと思っていても、良いと思っていても関係がない。
 
大多数がいいと思ったことをする。
 
過半数の奴隷なのである。右へならえなのである。自分を殺して生きて、何が楽しいのか。金か、名声か、承認欲求か。そんなもんみんなくそくらえだ。自分にうそをついてどうするんだ。そんなんでいいのか。
 
 
 
ブランディングってなに?自分をよく見せるためのテクニック?それよーするに、馬鹿な人たちをだますってことなんじゃあないのか。ありのままの自分をいいと思えない人に、良いと思わせる技術は、ゆがんでいる。操作している。他人を操作してはならない、と僕は思う。自然の摂理から反している。
 
マーケティングもそう。自然じゃない。顧客を操作するテクニックがマーケティングだ。
 
ビジネス、金を儲ける手段だ。金を儲けるということは、人をだますということだ。誰かから搾取するということだ。だから僕はビジネスがきらいだ。
 
自分らしく生きることと、金を稼いで豪勢な暮らしをすること。どっちが大切なのか。みな、なにか根本的なものを見失ってはいないか。あなたは何のために生きている?
 
自分らしく生きて、それで社会からつまはじかれるならばそれでしょうがない。生きる居場所がなくなったら死ぬまでだ。
 
苦しんでる人はたくさんいると思う。自分らしく生きてほしいと思う。最低限飯が食えて、寝床があったら良い。好きなことやったらいい。自分を殺さないと生きられない、そんな息苦しさが、全部なくなる世の中になれば良いと思う。
 
自分を殺さず、生かせる世の中。
 
それがきっと、一番いい。